廣安梯隊はジャワ攻略戦に参加した第二師団歩兵第十六連隊第三大隊第九中隊であった。隊は昭和16年(1942年)3月1日に西ジャワ・メラクに上陸し、ボゴールに向けて進撃した。ボゴールの西約25kmのリュリアンにおいて、雨季で水量の増えたチンプラン川の前で立ち往生しところに崖上の銃座から蘭印軍の射撃を受け、隊は全滅に近い損害を受けた。(←)
昭和16年(1942年)、ボゴールに慰霊碑が建てられたが、戦後長年に渡って放置されていた。自然石を削って作られた碑の前面には「廣安梯隊戦没三十勇士之碑」と刻まれている。(→)
ボゴールの開発に伴って行き場がなくなったところ、1998年頃に当博物館に寄贈された。当博物館に寄贈された後も3年ほど放置状態であったが、インドネシア在住の日本人が戦友会などに呼びかけて募金を集め、インドネシア語の碑の説明を付けた礎石の上に再建された。(←)
碑の裏側には伊藤今朝長陸軍少佐以下30名の氏名と階級が刻まれている。(→)
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